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Ensemble Girls! 7th Anniversary

ある『料理人』お話

著:京茂ヨイヒ

こういう状況に陥ると、いつも疑問に思うことがある。

あの『のんびり屋さん』な先輩はこんな時どうしていたのだろう。

疑問に思いながらも、なんとなく想像することはできる。いつも通りの調子で、唾でも吐きかけて、──いや、唾はこはるちゃんにしか吐かないんだっけ?

ともかく「美味しそうな食材ね~……」なんて言いながら、のらりくらりと躱していたんじゃないだろうか。もしくは『魔人』なんて言われるほどだから、実は光線や気功波の類でも打てたのかもしれない。あの先輩なら「くふふ、目障りね~……」なんて言いながらそんなものを放ってもそこまで違和感はない。むしろそのほうがしっくりくる。

「今度会ったら、気功波の出し方聞かなくちゃなあ……

──それもまぁ。

「会えたらの話なんだけど!わぁあああん、こはるちゃん助けてぇええ!」

「チッチー!いま助けるぞー!」

ジャングルの奥地で、巨大ワニに狙われるわたし……小野ちよの絶叫が響き渡り、こはるちゃんのブーメランと咆哮が炸裂した。

◇◇◇

部長……御影かすみ先輩とこはるちゃんが出会ったジャングルに行ってみたいと言い出したのは、わたしだった。

「あら~、食材研究の旅かしら~?それは結構なことだけれど……、」

学生時代はもうすぐ終わるというのに、そんなこともお構いなしに放課後になってから登校してきた部長は、頬に手を当てて首をかしげる。

「最初に選ぶ場所としては、少しハードすぎないかしら~……?あそこ、猛獣はもちろんだけど、毒虫や得体の知れない植物もわんさか生息しているのよ~……?」

だからこそ、未知の食材に出会えるんだけれど。と、部長はくふふと笑う。

「何を考えてあそこに行きたいのかは知らないけれど、ちよ屋さんじゃ1時間ともたないわよ~?あなた最近、ますます脂がのっておいしそうになってきたし。……じゅるり」

「いい加減、わたしを食材として見るのをやめてくれませんか!?」

ただ、部長の言っていることはよくわかる。実際は30分ももたないだろうということは、わたし自身が一番よく理解しているのだ。

ちあきちゃんやクー先輩のように運動神経がよいわけではない。認めたくはないが、ふっくらしているのも事実だ。

──おいしいものをたくさん試食させた部長にも責任があると思うんだけど……

「まさか!わたしをおいしくいただくためにわざと!?」

……くふふ?」

「どういう意図の笑いなんですか!?」

その話は一旦置いといて、と気になるリアクションを見せながら部長は言葉を続ける。

「さっき言った通り、食材研究ならいくらでも場所があるわ~。その中でどうしてジャングル……、それもわたしとこはる屋さんの出会った、『あの』ジャングルなのかしら~……?」

「それは……

理由は色々ある。

部長に告げた通り、食材研究をしたいというのも本音だ。来年になればわたしは『先輩』になる。来年入ってくる新入生たちには出来る限りのことを教えてあげたい。わたしと同じ思いをさせたくない。そのためには知識と経験が必要だ。だから……

「部長を見習って、旅に出てみようかな……なんて」

「あら~……?」

3年生の引退が目前に迫ったこの時期になっても、部長への思いは複雑だ。

部長の持つ思想、というより御影かすみという人そのもの。そして親友とも相棒とも呼ぶべきこはるちゃんへの態度、その真意……。その全てをこの一年間で理解しきることはできなかったし、頭の中では理解できても納得できないことだっていくつもある。

──だけど、わたしは部長を尊敬している。

無尽蔵とも呼べる料理に関する知識。魔法かと疑うような技術。そして隠し味のように秘められた不器用な優しさ。『魔人』とまで呼ばれたこの人を、わたしは心から尊敬していた。もっと学びたい。わたしの料理を食べてもらいたいと思っていた。

でも、部長はもう卒業する。

何も知らないまま。少しも近づくことができないままに、この人はいなくなってしまう。

別に今生の別れというわけではないのに大袈裟だと、自分でも思う。でも同じ『君咲学院の生徒』でいられるあいだに、少しでも彼女に、彼女の技術に近づきたかった。

料理研究部の後輩として、卒業する前に少しでも期待と安心をしてほしかったのだ。

──本人には恥ずかしくて言えないけどね。こんなの。

だからわたしは言葉に詰まるしかない。「えっと」や、「その」だとか、何にも繋がらない曖昧な言葉しか出てこない。そんなわたしを部長は黙って見つめる。

ああ、また呆れさせてしまっただろうか。これではこはるちゃんのことをとやかく言えないと、うつむいてしまう。もう部長の顔は見えない。

「ゆっくりで、いいのよ~……

……え?」

出会ってから何度も耳にした、部長の口癖。

わたしが顔をあげれば、そこにはいつも通りの何を考えているか掴みにくい綺麗な顔。でもその顔が一瞬、優しく微笑んでいたような気がした。

「何を焦っているのかは知らないけど、ゆっくりでいいのよ~……?」

「部長……

「ジャングルでは、冷静さを失った人間から死んでいくんだから~。今のちよ屋さんじゃ、わたしがまばたきしているうちに死んでるわね~……

ニコニコと残虐な台詞を吐く部長。やっぱりあの笑顔は気のせいだったかもしれない。

「うう、やっぱりダメですかね……

「まぁ、どうしてもと言うなら止めないけど……。というか、止める権利なんてわたしにはないんだけど……

だけどやっぱりと、部長は笑う。

「あなたに死なれるのは、困るわ~」

「そう、ですよね……。部長が部長でいる間に死亡者なんて出たら、将来にも影響がでますし……

「あら~、そんなのはどうだっていいのよ~?その程度でわたしを追放できるほど、料理界に余裕はないだろうし。」

「そ、その程度って……

「わたしが困るって言っているのはね、ちよ屋さん」

「あなたが死んだら、誰がわたしをお腹いっぱいにしてくれるのかっていうことよ~」

初めて出会った時、こはるちゃんと一緒にした約束を思い出す。

いつか必ず、お腹をいっぱいにさせてみせると。

「覚えてて、くれたんですか?」

「わたし、ずっと待っているのよ~……?それなのに自分から命を捨てるような真似をするなんて……。くふふ、ダメよダメ。やっぱりそんなの許さないわ~」

何を考えているのかは興味がないけれど、と部長は言葉をつなぐ。

「わたしの予約のほうが先よ~、ちよ屋さん。こはる屋さんと一緒にキッチリとその予約をこなしてから、ジャングルでもどこでも行けばいいわ~……

「部長……

やっぱりわたしは、部長のことを何も理解できていなかったのだと改めて自覚する。

この人はわたしが料理研究部をどうするかとか、どんな先輩になるかとか、そんなことはこれっぽっちも期待していないし、そもそも興味がない。

ただ『料理人』として。自分を満足させられる料理を作れるのか、それだけがこの人がわたし、──ううん、『わたしたち』に抱く興味。そして……期待だ。出会った時からずっと、その期待を抱き続けてくれていたのだ。

「部長……、わたし……!」

「あら~、そろそろ生地の発酵が終わるころかしら~……?」

わざとか、天然か。わたしの言葉は部長には届かない。

──でも、今はそれでいい。

ごめんなさいもありがとうも、この『魔人』は求めていない。求めているのはただ、自分の舌を喜ばせ、お腹を満たすことができる料理だ。それ以外のものは届かない。だからこそこの人は人智を越えた『魔人』なのだ。

ならわたしたちは、料理にすべてを込めよう。怒りも疑問も、感謝も。それがいつになるかわからないけれど、でもいつか必ず成し遂げなければならない。わたしたちは『魔人』に期待されているのだから。

「だけど今は、ゆっくりでいいのよ……ですね」

独り言のつもりだったが、部長の耳には聞こえていたらしい。腕まくりをした姿でこちらにニコリと微笑みかけ……

「でもそうね~。ちよ屋さんは少し、ゆっくりしすぎかしら~?」

……はい?」

「死なれたら困るけど、死なない程度には地獄を見るべきよね~……

そうだわ、と部長はのんびり手を打つ。

「ちよ屋さんでも死なないような、難易度の低いジャングルを紹介してあげるわ~……。まずはそこで鍛えてきたら~?」

「えっ!?ちょっ、結局わたしジャングル行くんですか!?」

「なによ~、自分で言ったことでしょ~……?」

「そ、そうですけど!今はまだわたしには早いって話だったんじゃ……!」

「工程をふむべきって話よ~。くふふ、料理といっしょね~……

「いや、くふふではなくてー!」

そしてわたしが初めてジャングルに放り出されたのは、それから一週間後の話だった。

◇◇◇

バシンバシンと、容赦のないビンタがわたしを襲う。

「チッチ、しっかりしろ!ワニは追い払ったぞ!」

「い、痛い痛い!こはるちゃんストーップ!」

どうやらわたしは気絶していたらしい。

──つまりさっきのは、噂の走馬灯というやつ……

こはるちゃんがいなかったら、どうなっていたかと思うとゾッとする。

いや、こうすることがわかっていたからこそ部長は──ううん。『かすみ先輩』は、旅に出る時は必ずこはるちゃんといっしょに行くようにと、わたしに何度も釘を刺したのだろう。相変わらず人を見ていないようで、見ている人だ。

「がう~……チッチ、大丈夫か?まだぼ~っとしてるみたい」

「うん、ちょっと走馬灯を見ちゃっただけど平気……。助けてくれてありがとうね、こはるちゃん」

お安い御用だ!と、わたしの相棒は胸をはる。

「チッチを守るのと、食材集めはおいらの仕事だからな!いくらでも頼ってくれていいぞチッチ!というかもっと頼って!そして褒めて!撫でて!」

「褒めるよ!撫でるよ!本当にありがとう、こはるちゃ~ん!」

ひとしきりじゃれ合い、わたしたちはようやく荷物を背負い直し、移動を始める。食材はもう十分に集まった。後は目的地にたどり着くだけだ。

「閣下、本当にこの先の村にいるのかな……?」

「メールが届いた日から考えると、まだいると思うけど……。かすみ先輩、のんびり屋さんだから」

「そ、そっか。閣下はいるんだな!……そっか」

同窓会で会って以来、何ヵ月ぶりの再会になるのだろうか。恐怖とも、緊張とも取れる顔で、こはるちゃんは身体を一度ぶるりとふるわせる。それはわたしも同じだ。

最早、長い休みのたびに訪れるようになったこのジャングルに、かすみ先輩もいると聞いたのが数日前。成長したわたしたちの料理を食べてもらうために、ここまでやってきた。

以前から少しは成長できているのだろうか。今度は心からおいしいと言ってもらえるだろうか。考え始めればキリがない。それがさっきの走馬灯に繋がったのだろうか。

──でも、今のわたしはひとりじゃない。

かすみ先輩がいるであろうジャングルの先を見ながら、隣に立つこはるちゃんの手を握る。こはるちゃんもまた、こちらに目線は寄越さずに、それでもしっかりと手を握り返してくれた。

「任せて。こはるちゃんが集めてくれた食材はひとつだって無駄にはしないから。きっとかすみ先輩を満腹にさせてみせるから」

「うん、わかってるぞ、チッチ!何でも言って、手伝うから!」

わたしは『魔人』にはなれない。なる気もない。

「待っててください、かすみ先輩」

わたしはこはるちゃんといっしょに、『魔人』を倒す……

「お腹いっぱいに、してあげますから」

『料理人』になるんだ。