名もなき花の
著:日日日
「──転校生ちゃん!」
そう呼ばれた。
親が仕事の関係上──転勤を繰り返しているせいで、すっかり本名よりもそんなふうに呼ばれることに慣れた私だ。ちょっと身の丈に合わない仰々しい本名で呼ばれるよりも、そんなふうに、肩書きやら渾名やらで呼ばれるほうが私には合ってる気がするし。
一抹の寂しさはあるけれど。
私は今日も胸のなかに湧いたモヤッとしたものを呑みこんで、笑顔で応える。
「なぁに、れい……」
「ぎゅううううっ♪」
こちらに呼びかけてきた相手の名前を口にするより先に、思いっきり抱きしめられる。たっぷり陽光を吸ったお布団のような熱と、柔らかみ。同年代のみんなに比べてちいさな私はいつだって、彼女に抱かれるたびに太陽のなかに飛びこんだような気持ちになる。
不快ではないけれど。
ちょっと。普通に。死にそうだ。
「れいかちゃん──」
「あら。人前では名前で呼ばないでね、壁に耳あり障子に目あり。わたくしのことは『陛下』などと馬鹿みたいな呼びかたをするのが最近の流行よ、転校生ちゃん」
私をめちゃくちゃ抱きしめて頬擦りまでしながら、彼女──私が転校してきた君咲学院では知らぬもののいない有名人、生徒会長の円城寺れいかちゃんが微笑んだ。
丁寧に集められた純粋な花の蜜のみで紡がれたかのような黄金色の髪は長く、ふわふわと風を集めて優雅に舞う。そこに華を添える、蝶々みたいな無数のリボン。愛されて育ったものにしか許されない健康的で立派な肢体と、染みのひとつもない肌。
本当に、綺麗なひと。
毎日、見るたびにそう思う。実感し、陶然とする。私のような小市民とは本来、決して接点がないはずの──絵本に出てくるお姫さまみたいなひとだ。
なぜか、君咲学院では『女王陛下』などと呼ばれているようだけど。
「ほんと馬鹿みたい。これまでの『姫殿下』という呼び方もごっこ遊びみたいでちゃんちゃら可笑しかったけれど、いつの間にか女王に昇格させられて更に戸惑うばかりだわ」
れいかちゃんは黙っていれば厳かな雰囲気なのに、めちゃくちゃよく喋る。放っておいても喋っている。そういう年頃なのである、私たちはまだ──花も恥じらう高校生。
「でもね。滑稽さというものも時には必要なものだと思うのよ、転校生ちゃん。それは親しみやすさに繋がるし、わたくし、姫やら女王やらと呼ばれたからにはせめて愛される為政者になりたいの」
「何の話っすか……。というか何か私に用でしたか、陛下」
「あぁ!やっぱりやめて!今までの発言はぜんぶ忘れてっ、あなたにまで傅かれてはどうにかなってしまいそう!ちいさなかわいい小鳥さんっ、出会ったころのように親しみをこめて名前で呼んで頂戴!敬語もよしてっ、余所余所しくってよ?」
れいかちゃんは情熱的に叫びながら身悶えをするので、そのたびに振り回されて足が宙に浮く私。相変わらず、台風みたいなひと。
巻きこまれた単なる凡人の私は、死なないように身を守るだけで精一杯である。
本当に──ちっとも、嫌じゃないのだけど。
「ふふ」
むしろ抱っこされるうちに安心して眠くなってきた私の頭を、そっと撫でてから、れいかちゃんは満足げに笑った。
けれど、瞬時にその顔が曇る。
文字どおり、太陽が雲に覆われてしまったみたいで、私は不安になった。
「何か、困ったことでもあった?」
敬語をやめてと言われたので、まぁ同い年だし、普通に喋ってみる。れいかちゃんはデカいし優しいしお姉さんって感じなので、まったく対等な相手だとは思えないけど。
そう望まれたのだし。
転校してからこっち、右も左もわからず困っていた私に声をかけて、それからずっと何がお気に召したのか親切にしてくれる彼女には──恩義を感じていた。
君咲学院は、これまで私が渡り歩いてきたいくつもの学校に比べても異様というか、みんなお勉強ばっかりしててピリピリしてて……。あんまり馴染めなかったんだけど。
れいかちゃんだけは、いつでも温かかった。
私は誰も名前を知らない雑草みたいな、取るに足らない女の子だけど。
雑草にだって花は咲くし、それを見て束の間──ほっこりすることぐらいあるはずだ。
誰も見てなくたって、きっとお日さまは見てる。
見て、一瞬だけでも笑ってもらえたら、その花には価値がある。
その後──。
私は、未だあんまり地理とかわかんない君咲学院の敷地内を、うろうろしていた。
困り顔のれいかちゃんからそれとなく聞き出したところ(彼女は力強くシンプルな女の子なので、隠し事がまったく得意ではない)、どうも彼女は何か無くし物をしてしまったらしい。
大事な、真っ赤な──何かを、どこかに落っことしてしまったようだ。
それが何なのかは、れいかちゃんが何故か恥じらって教えてくれなかったのだけど。とりあえずヒントはもらえたし、暇だし、れいかちゃんに恩返しがしたかったから。
探している。独りで。何となく。
放課後である。転校したてでまだ部活にも入っていない私は、いつもならすぐに帰るか、常に忙しそうにしてる生徒会長のれいかちゃんの小間使いのようなことをしているのだけど……。私は、べつに生徒会の一員というわけでもないし。
新参者の私が『女王陛下』の寵愛を受けていることを、生徒会の他のひとたちはあまり快く思っていないらしいと──何となく肌で感じているし。顔も出しづらい。
そこまで厚顔無恥じゃない。
転校を繰り返すうちに、私は空気を読むことを覚えてしまった。
なるべく波風を立てず。他人の顔色を窺って。隅っこのほうを歩いて。
そんな生き方は決して楽しくはなかったけど、平穏ではあった。
どうせまた、そのうち転校することになるんだろうし。
深くしっかり根を張っても、引っこ抜くときに大変なだけ。
しんどいだけだ。
「…………」
不意に虚しくなって、立ち尽くした。
「あ~あ──」
そして我知らず、つぶやいていた。
「なぁ~んか、楽しいこと──」
「あぁもう畜生っ、楽しいことしかないのかしらね人生ってやつには!あはははは☆」
唐突に──私のネガティブぎみな独白を覆し吹き飛ばして余りある、むやみに愉快そうな誰かの笑い声が響いた。
私はちょっと、キョドる。
だって。私の周りには誰もいない。君咲学院はえらく厳しく勉強熱心な校風で、部活動すらあまり盛んではなく、生徒たちはみんな学校が終わればすぐに帰る。
塾とかに行くのだろう。
私はれいかちゃんの無くした赤い何かを探して小一時間ほどうろついていたので、そんな帰宅する生徒の姿もすでに絶えて久しい。私がぼんやりしている妙に小綺麗な校舎のそば(ずっと使っていた旧校舎を放棄し、建て直したばっかりだという)には、誰もいない。
なのに。見渡すかぎり無人なのに、どこからか声がする。
姦しい、としか表現できない女の子たちの賑やかな遣り取りが──。
「見てよこれ!注目~!見ろっつってんでしょ目が悪いのか!おらクロッ、不思議ちゃんぶって前髪で隠してるから見えないんでしょ髪切りなさいよ鬱陶しい!丸坊主にしなさいよ!もしかしたら悟りとか開けるかもよっ、あっははははは☆」
「ぎゃ~!やめて~!やややや八雲さん何とかしてこの問題児~っ、というか妖怪バリカン女!やめて切らないでこの髪型が気に入ってるのっ、この長さがかわいいの!」
「んふふぅ、黒森ちゃんはどんな髪型でもかわいいかなって♪こらっ、やこちゃん!髪は女の子の命だよぉ、すなわち今キミがやってることは殺人未遂だ!しんみょうにお縄につきたまえ!」
「何その口調?馬鹿なの?あぁ馬鹿なのよね、ちづるだし!」
「うんうん、辞書には馬鹿の同義語としてちづるの名前が載ってるかなって!」
「あぁ!?すぐに自分を馬鹿とか言って思考停止すんなっつってんでしょ、キレるわよ!?」
「ええっ、わたしじゃなくてやこちゃんが言ったんじゃ~ん!理不尽!」
「理不尽で悪いかぁっ、理不尽でこそ人間よ!もうちづるで良いから刈らせろ髪をっ、あたしのバリカンは血に飢えてるのよ!」
「ぎゃああ!振り回さないでよキ*ガイッ、っていうか何でバリカン持ってるの?あと素朴な疑問だけど、コンセントもないのに動くのそれ?」
「動かなくても根性で動かす!根性という名の電池でね!」
「電池式だ~っ!?普通にやばいっ、やめて本当に髪だけはやめて!これ以上、前髪を切ると恥ずかしくて死んじゃうからぁ!」
「にゅふふ。ごめんねぇ黒森ちゃん、やこちゃんはその無惨な家庭環境のせいで誰かに注目されてないと不安になっちゃうの!かわいい『構ってちゃん』なのぉ、我慢して付き合ってあげてくれる?」
「よぉし、そこ動くなちづる!まずはあんたの顔の皮を剥ぐから!あんたの鬱陶しいピンク色の髪を血で染めてイメチェンさせてやるっ、モテモテにしてやる!」
「ええ~?わたしはねぇ、みんなにモテモテになるよりたったひとりの運命の王子さまに愛されるほうが……♪」
「頭のなかまでピンク色かぁ~っ!?」
…………。
……何なのだろう?
延々と、やや正気を疑うような(でも、異様に楽しげな)遣り取りが延々と聞こえてくる。う~ん、でも周りにはやっぱり人気(ひとけ)がないし──どこかから音が反響してきてるのだろうか?
ううん。
私はその場にしゃがみこみ、地面に耳を当てる。どうも、女の子たちの声は地面の下から聞こえてくるような……。私の勘違いだろうか?
お化けの声とかじゃないなら、良かったけど。
お化けは苦手だ。小心者なのだ、ちっちゃい背丈に見合った蚤の心臓。
「……はい?」
地下から聞こえる(のだと思う)会話は、まだ続いている。
「あぁ、うん……。あんたもっとハキハキ喋りなさいよ、聞き取りづらいったらないわ。そうそう、べつに意味もなく『注目~!』とか言ったんじゃないわ。あたし構ってちゃんじゃないから」
「構ってちゃんじゃん。普通に」
「うんうん、辞書には『やこちゃん』が『構ってちゃん』の同義語として載ってるかなって♪」
「あんた、その辞書どっかに捨てなさいよ!苛々するッ!」
「架空の辞書を捨てろと言われても──やこちゃんは難しいことばかり言うなぁ、ふぁひゅっ!?んもう、耳元でぼそぼそ言わないで!くすぐったい♪」
「良いなぁ、八雲さん──」
「あれっ、なぜか黒森ちゃんに羨ましがられてる……。んっとね、話がぜんぜん見えないからちゃんと説明してほしいみたい?みんなと、わちゃわちゃ喋るのは楽しいけど──って言ってる!」
「あんた何で『そいつ』の通訳してんのよ、ちづる」
「えへへぇ、こっそり耳打ちしたりするの仲良しさんっぽくて嬉しいかなって♪やこちゃんも黒森ちゃんも、このラブラブ伝言ゲームに参加するなら今だよぉ!」
「要らんわ。ちゃんと声が届く距離にいるのに耳打ちする意味がわからねぇわよ、脳に虫とか湧いてるの?」
「んもう、やこちゃんは相変わらず浪漫を解さないなぁ?」
「るっさい。……まぁいいわ、ちょっと酸欠気味になってきたからテキパキ話すわよ。んっとさ~、こんなもんを見つけたんだけど」
「?なぁに、それ?やこちゃんのおパンツ?」
「どうしてこれが下着に見えるの?おかしいのは目と頭のどっち?」
「いや、普通に見ても何なのかわかんない……何これ?」
「あたしにもわかんねぇわよ。今日みんなでこの地下トンネルを探検するって決めてたけど、あたし我慢できずに朝からあちこち潜って調べてさ──」
「あっ、いっけないんだ!やこちゃん抜け駆け!言ってやろ~言ってやろ~、アフラ・マズダに言ってやろ~!」
「どうしてゾロアスター神話の最高神の名前が出てくるの?発想が自由なの?」
「無駄に詳しい……。むしろボクとしてはこんなわけわかんないトンネルの探索とかしたくなかったから、勝手にやって~って感じなんだけど」
「はぁ?めちゃくちゃ楽しいでしょうがよっ、泣かすぞ!?」
「ひぇえっ、いちいち凄まないでよ不良!ちんぴら!問題児!」
「そ~よ。ちなみに、今はあんたたちもその問題児の一員だから」
「そうだった……。うう、何でこんなことに」
「嘆くな鬱陶しい。それでさ~、たまたまトンネルの先が学院の中庭に繋がってたんだけど。そしたら、そこで『女王陛下』のやつがランチ食っててさ」
「あぁ、円城寺さんたまぁにお外を独りで散歩とかしてるよね」
「はっ、常に取り巻きに囲まれてると息が詰まるんじゃないの。そんでさ、あいつ妙に幸せそうに、この何かよくわかんない赤いものを──」
そこまで聞いて、私は思わず声をあげてしまった。
「赤いもの?」
…………。
「……今の何?」
「やばっ、上に誰かいるのかも?に、逃げようよ~っ?」
「べつに逃げる必要なくない?あたしら何か悪いことしてる?してないでしょ?」
「う~ん。悪くはないけど怪しいよねぇ、今のわたしたち♪」
「ふん。それより話を途中でやめるの嫌だから最後まで言うけどさ、円城寺のやつがこの赤いのを大事そうに眺めてたのよ。きっと親の形見とかだと思うわ。だからあたし、こっそりトンネルから出て盗んでみたんだけど」
「わ、悪者だ~!窃盗は犯罪だよ湖南さん!?あぁ神さまっ、お父さんお母さんごめんなさい──すずは何の因果か悪党の仲間になってしまいました!」
「だ、大丈夫だよ黒森ちゃん。すぐに返して『ごめんなさい』すれば、神さまも円城寺さんも許してくれるよ。たぶん」
「え~……。せっかくギッたのに。これ使ってあいつ脅して倒しましょうよ、どうも大事なもんみたいだしさぁ?」
「だ、大事なものだからこそ返さなきゃ!ねぇ、八雲さんもそう思うでしょ?あんずちゃんも──」
何やら地面の下で揉めだしたのを、どうしたものかと思いつつ聞いていると。
軽快な、足音が響いた。
「──転校生ちゃん!」
驚いて顔を上げると、れいかちゃんが息せき切って駆け寄ってきていた。
「大丈夫?蹲ってるのが窓から見えたんだけど、体調でも悪いの?ねぇ!」
「いや、あの──むぎゅう!?」
うまく状況を説明できずに狼狽えていると、当たり前のように抱き寄せられた。
走ったせいで体温が上がったのだろう、れいかちゃんの身体は普段より熱く感じる。
鼓動も、いつもより巨大に響く。
あぁ、心配してくれたのだ……。
何となくそう思って、嬉しくなって、つい珍しく彼女を抱き返してしまった。
「ふあ?ど、どうしたの?甘えん坊さんね!」
れいかちゃんは驚いたのか目を丸くして、照れ臭そうに身じろぎしていた。
「ねぇ、今の声って──」
「やばっ、あいつよ!『女王陛下』!見つかったらたぶん斬首刑だわ、逃げるわよ!ほらっ、全員あたしについてこい!」
「斬首はされないんじゃないかなって……。戦国時代じゃあるまいし。やこちゃんは常に大げさだなぁ、大げさ星からやってきた大げさプリンセスだなぁ」
「でも、こっぴどく怒られそうではあるよね。誰かさんが、円城寺さんが大事にしてるっぽいものを盗んだから。……って、わにゃっ?」
足元でどんどん強まっていたドタバタした物音が、急停止。
同時に、私の真下の地面が膨らんで──弾けた。
「ひゃっ?」
れいかちゃんが身を竦ませて、それでも私を守るみたいにさらに強く抱き寄せてくれた。お陰で、視界のぜんぶが彼女でいっぱいで──よく見えなかったけど。
地面を突き破って、芽吹く花のように、ひとりの女の子が顔を覗かせていた。
見覚えがあるようなないような、ぼんやりした印象の子だ。誰だったっけ──私はまだ転校してきたばかりなので、あまり顔と名前が一致する子がいないのだ。
「あんずちゃん!?」
地面の下で、誰かが叫んだ。
「何してるのっ?んもう、いっつも突拍子がないんだから!」
そんな誰かの声に、目の前の彼女──あんずちゃん、というらしい女の子はすこしだけ申し訳なさそうに眉をひそめてから、そっと手を差し伸べてくる。
私に向かって。
その手のひらには、真っ赤な──何だろう?布のようなものが握られている。
まるで握手を求めるみたいな動きだったので、私はつい、反射的に手を伸ばす。
一瞬だけ触れた。
ん、と動物めいて頷くと、あんずちゃんはその赤いものを私の手に握らせた。
「アンジー!何してんのよ馬鹿っ、さっさと逃げるわよ!」
そんな彼女の後ろからいくつもの腕が伸び、あんずちゃんの身体のあちこちを優しく掴み──引き寄せる。一瞬で、不思議な彼女は地下に消えた。
そのまま、ひたすら賑やすぎる声と足音が延々と響き──ゆっくりと薄れていった。
「えっと……?」
角度的に一連の出来事は見えなかったようで、れいかちゃんは訝しげに今さら振り返り、地面の穴に気づいて「?」と小首を傾げている。
「何だったのかしら。妙な声が聞こえたけれど──って、あら?」
驚いた様子で、れいかちゃんが私の手にした何だかわからない赤いものを見る。
「どうして、あなたがこれを持ってるの?」
「あ、うん──」
私も混乱しきっていて、うまくお返事もできない。けれど、賢いれいかちゃんは何やら納得顔になり、さらに強く私を抱きしめてくれた。
「ありがとう。探してくれたのね、これがわたくしの大事なものだと知って──嬉しいわ、とっても。あなたって、何てかわいい子なんでしょう」
感極まったのか、れいかちゃんは己の肉のなかに私を埋めこもうとでもしているかのように、さらに密着してくる。もはや抱擁というより、何らかのプロレス技だ。
死んじゃう。
やっぱり──べつに全然、不愉快ではなかったのだけど。
「あら、ごめん遊ばせ。こんなに締めつけたら、声もだせないわね」
れいかちゃんは微笑み、ちょっとだけ離れてくれる。
「これはね──」
そして、私の手のなかにある赤いものを眺めて、はにかんだ。
「お兄さまたちが贈ってくれた、リボンなのよ。でも、わたくしの髪色には何だか馴染まないし──どうしたものかしら、って思っていたのだけど」
リボン。確かに、そう言われるとそのようにしか見えない。
正体不明の布きれは、この美しい女の子を飾るための花ひとひらか。
「あなたの綺麗な黒髪にはよく似合うと思ってね、プレゼントしようって決めて持ってきたのよ。無くしてしまって残念だったのだけど、良かったわ、ちゃんとあなたの手に渡って」
「私に──」
私への、プレゼント?
「何で……?」
嬉しくて堪らなかったけど、どうしても不思議で、私はつい卑屈に問うた。
「何で、れいかちゃんは、私にこんなに良くしてくれるの?」
「あら。野暮ね。でも──そういうところが、よろしくてよ♪」
ほんとに何がお気に召したのか、またまた抱き寄せられてしまう。
「けれど。ねぇ、ひまり……」
私の名前を口にして、れいかちゃんが言った。
「花が美しいことに、その花を愛でることに、何か理由が必要かしら?」
そのまま自然に、彼女が私の手から赤いリボンを手繰って、そっと髪に添えてくれる。そして──なぜか渋面をつくってから、吹き出した。
「ごめんなさい!思いの外に似合わないわ、むしろあなたの綺麗な髪の邪魔になっちゃうわね?どうしましょう、こんなのは予想外よ!」
すごく自分勝手な、でもだからこそ愛らしいことを言って。
れいかちゃんが、真っ赤なリボンを私の腕に巻き付けた。
「うん、ここがいいわ。この位置ね。腕章に仕立て直しましょう、縫いものは苦手なのだけれど──四方あたりにやりかたを教わろうかしら」
そして恭しく、何かの儀式のように、リボンを結わえた。
「うん。とっても似合っていてよ、ひまり」
そう言って笑う彼女がとても満足そうだったので、私も、何もかもがどうでもよくなってしまった。良い意味で。
そして急に可笑しくなって、笑った。
「あら──」
れいかちゃんもそんな私を見て、ちっちゃな子みたいに声をあげて笑った。
「花が咲いたわね。わたくし、これが見たかったの」
……私も、その花が見たいと思った。
だって、れいかちゃんがあんまりにも嬉しそうで。
幸せそうだったから。
あのころから、今でもずっと、私はその花を求めている。
自分で自分の顔を見るのは鏡でも覗かないと難しいから、私は、周りのみんなを花咲かせようと決めた。
長い人生において、青春はほんの一瞬だけど。
その一瞬だけでも、みんなに愛し愛されて美しく咲く花になってほしい。
だって、私も嬉しかったから。
誰にも顧みられない雑草のようだった私を、見つけて、愛でてくれるひとがいた。
だから。私も、同じことを誰かにしてあげたくなったんだ。
誰も名前すら知らないような花にだって、せめて私だけは目を向けて、愛してあげたい。たっぷりと、私がそうされたように。
溢れるほどの日差しと栄養と水と、幸福感で、この冷たく乾いた君咲学院を満たして──世界中を、たくさんの笑い声が響く花畑にしよう。
あの日から、それが、私の夢。
あのころ。
高校生だったころ。
私、鶴海ひまりは、花の咲かせかたを教わった。